先月のヴィラデストに続き、今年2回目の長野ワイナリーツアーに参加しました。今回は、高山村のワイナリーを訪問しました。ワイナリー訪問に加えて、ヴェレゾン前のブドウ畑の見学、ブドウ栽培家、委託専門醸造所への訪問等、なかなかヴァラエティに富んだ充実のツアーでした。
今回のワイナリーツアーは、ワインスクールのアカデミー・デュ・ヴァンでWSETのクラスをもつ青山敦子講師が、長野県ワイン協会公認アンバサダーの花岡純也氏の協力のもと企画していただいたツアーになります。
長野県のワイン産地は、2013年に発表された「信州ワインバレー構想」のもとで、5つの主要産地が定義されています。その中で一番多くのワイナリー(40軒)が集中しているのが「千曲川ワインバレー」で、高山村は、その中に含まれ、いわゆる「ワイン特区」のひとつに認定されています。
(ワイナリー数は、2023年12月31日時点)
信州高山ワイナリー
最初に訪れたのが、高山村を代表するワイナリー「信州たかやまワイナリー」です。
ワイナリーでは、社長の涌井さん(左)と醸造責任者の鷹野さんに、それぞれ、ブドウ栽培とワイン醸造についてお話していただきました。ワイナリーのすぐ前にブドウ畑が広がっています。これらのブドウ畑は、ワイナリーの直接所有ではなく、直属の栽培専門会社によって管理されているようです。
涌井社長からは、この地のワインに関する興味深い歴史的な話もありました。
長野のブドウ品種は、最初は、ナイヤガラやコンコード種から始まりましたが(コンコード種は今でも長野県が99%を占めます)、シャトー・メルシャンの麻井宇介さんが1970年代からメルローの栽培を推奨し、更にメルローの買取を約束したこともきっかけとなり、長野県内で、急速にメルローの栽培が広がりました。
その長野のメルローを一躍有名にしたひとつのきっかけが、1985年と1986年のリュブリアーナ国際ワインコンクールでメルシャンの桔梗ヶ原メルローが大金賞を受賞したこととのこと。現在、日本国内のメルロー種の栽培は長野県が58%(令和3年)とダントツに多いのはこのような背景もあります。
話は逸れますが、10日ほど前にメルシャンの醸造責任者の安藤光弘さんを主人公にした「シグナチュアー」という映画の試写会に参加する機会がありましたが、この映画では、安藤光弘さんの師匠である麻井宇介さんや桔梗ヶ原メルローが大金賞を受賞した逸話が描かれています。日本におけるメルローワイン発展ののオリジンを知りたい方は必見の映画です。
↓安藤光弘さんと桔梗ヶ原メルロー”Signature”(7/19 東京大崎の試写会にて)
高山村のブドウ畑は、3haから始まり、現在は64haになり、うち、たかやまワイナリーの農園は、6.5haとのこと。ブドウ畑は、標高は250m~850mにひろがり、ワイナリーのあるところは、標高650mとのこと。栽培品種は、シャルドネ、ソーヴィニヨンブラン、メルロー、カベルネフラン、リースリング、ピノノワール、ピノ・グリなど。後の試飲では、カベルネ・ソーヴィニヨンのワインが出てきたので、量は多くないかの知れませんが、カベルネ・ソーヴィニヨンも栽培されているようです。シラーやイタリア系の品種もトライしたもののイタリア系の品種は収量が増えないとのこと。いずれにせよ、絶えず、いろいろな品種にチャレンジしているようです。
↓ワイナリーのすぐ前に広がるブドウの樹は、シャルドネのようです。
ブドウは、当日(7/29)時点では、未だヴェレゾンエレ(色付き)前の状態です。12月から4月にかけて剪定を行い(下のシャルドネは、コルドン仕立てでしたが、品種等により、ギヨ仕立ても選択するとのこと)、春になると萌芽から展葉が始まりますが、この地は、雨も多いので、ベと病対策が重要なようです。展葉が始まると、10日間隔で薬剤散布を行うとのこと。ちなみに、その後、摘芯、摘葉を行いますが、収穫時期については品種でばらつきがあり、収穫が一番遅いカベルネ・フランやメルローは、11月ころになるとのこと。8万本60tのブドウから、樹1本あたり4本分のワインが生産されるとのことです。病害虫対策だけでなく、鳥獣類への対策も重要なようです。
↓ブドウ畑の周りには、電気柵が設置されています。イノシシや小動物に対する低い柵が26km、熊等への対策用の本電気柵が24mに渡って張りめぐらされているとのこと。(この地も、最近が熊の出没があるようです)
また鳥(ムクドリ)の被害もあるようですが、流石に広大な畑で防鳥ネットとかは張れないようです。
畑の見学の後は、醸造設備を2階から見せて頂きましたが、ピカピカのステンレスタンクが並んでおり、非常にクリーンなセラーの印象でした。近年のワイナリで採用されているグラビティ・フロー(ブドウに負担を掛けないように、重力を利用して、ブドウ果汁を下のタンクに流し込む方式)が採用されていました。
見学の後はワインの試飲です。
まず、ソーヴィニヨン・ブラン2022年とNaćho(なっちょ)という地元向けブランドの白です。
ソーヴィニヨン・ブランは、柑橘果実とハーベイシャスな典型的なチオール香が感じられる爽やかなワインで、この季節にピッタリです。
Naćho白(赤もロゼもある)については、品種が非公開ということでしたが、このワイナリーのメイン白品種のシャルドネはブレンドされていると思いました。あと、僅かにアロマティックな香りと後味に苦みが感じられます。アロマティックな香りから、地品種の竜眼も想起しましたが、栽培されていないとのことで、おそらくソーヴィニヨン・ブランなどアロマティックな品種ブレンドされているとも想像されます。ただ、このワイン、この後で、近くのコンビニで購入しましたが、1700円という低価格であったことから、採算上からは、安価な地場品種(ナイアガラ??)等もブレンドされているかもしれません(あくまで想像です)
続いて、ワイナリーで、試験的に醸造されている2本のワインを試飲させていただきました。
STW112(2020年産2782本)セパージュは、CS:55%・ME:43%・CF:2%
STW113(2020年産1310本)セパージュは、CF:80%・ME:20%
です。
どちらもやや淡いルビー色ですが、右のカベルネ・フラン主体のSTW113の方がより淡い色調です。香り・味わいは、赤系果実主体で、オークの熟成香が加わります。
共通して、カベルネ系のピリジン香(青ピーマンやトマトの葉の香り)が感じられます。カベルネ・ソーヴィニヨン主体のSTW112については、ややタンニンが目立ち、CSに期待するボディの厚みには正直少し物足りなさを感じました。この地でのカベルネソーヴィニヨン栽培は、気候的に、熟度の点て、難易度は結構高いのかもしれません。一方で、カベルネ・フラン主体のSTW113は、よりエレガントな味わいで、個人的には、なかなか面白そうなワインだと思いました。
佐藤農園
次に訪れたのは、高山村でブドウ栽培に取り組んでいる佐藤明夫さんの農園です。
佐藤明夫さんは、シャトー・メルシャンの契約栽培家として、「北信シャルドネ」や「長野シャルドネ」、「北信ピノノワール」にぶどうを提供しています。
ちなみに、ここで栽培されたシャトー・メルシャンの北信ピノノワールには、「キュベ・アキオ」の名前が入っています。
( ↑ 写真を撮り忘れたので、NAGANO WINEのHPより引用させていただきました)
ショップを兼ねた農園の建物の前には、所有するブドウ畑が広がっています。
佐藤さんは、35年にわたりワイン用のブドウを栽培していますが、毎年がチャレンジとのこと。
特にピノノワールへの思い入れは強いようで、自身の栽培したピノノワールのアピールを語ってくれるかと思いきや、結構自虐的な口調(笑)で、この地でのピノノワールの難しさを語っていただきました。
下の写真が、この畑で栽培されているピノ・ノワールです。接木ではなく、自根とのこと。ピノ・ノワールは、雨で裂果しやすいので、ビニールの笠掛けをしているところが多い(たかやまワイナリーも行っているようです)のですが、この畑のピノノワールでは行われていませんでした。
上述の信州たかやまワイナリーのシャルドネと異なり、こちらは、ギヨ仕立(長梢剪定)のようです。土壌については、たかやまワイナリーで涌井社長が話されていた内容と同じで、浅い表土の下には、硬い岩盤があり、根は深く張らず、10~15cmくらいのところから横に伸びていくとのこと。
その為かは分かりませんが、15年ほどしか持たず、15年経つと植え替えてしまうようです。樹齢が重要かと思っていたので、この植え替えの話は、意外でした。
佐藤さんは、フランス等海外のピノ・ノワールを目指すわけではなく、日本人に合った味わいのピノ・ノワールのワイン、色合いは薄くても、旨味があり、ボトル1本開けても疲れないワインを目指したいとの。先月訪れたヴィラデストでもやはり、同じような話を聞くことができました。ちなみに、良いブドウなので、亜硫酸の量も、100mg/l以下に抑えているとのこと。
ブドウは、シャトー・メルシャン以外に小布施ワイナリーやココ・ファーム(栃木)にも提供されているようです。
佐藤さんは、ブドウ栽培に加えて、2012年12月に生ハム工房豚家「TONYA」をスタートさせています。
ということで、こちらの自家製生ハムを試食させていただきました。
海外の生ハムは、海外への遠距離輸送を考慮して、塩分が強いものが多いのですが、こちらの生ハムは、塩分を最小限に抑えており、その分、脂の甘みや旨味がより感じられる素晴らしい味わいのものでした。
マザーバインズ長野醸造所
次に訪問したマザーバインズさんは、自社ワイン生産するワイナリーではなく、委託醸造専門のワイナリーです。単に醸造を請負うだけでなく、新規にワイン造りに取り込む生産者への研修やワイン生産に関する全般的なコンサルティングを行っている会社のようです。ワイナリー向けのラフォート社の酵母等の代理店販売も行っているとのこと。
もと北海道のワイナリーで働かれていた石塚さんが説明して頂きました。
施設内には、醸造用のステンレスタンクが並んでいます。500Lの比較的コンパクトなものが、(初めて見ましたが)縦に2基、積み重ねられていました。
ステンレスタンクは、ジャケットと呼ばれる外側の冷却装置で、液体の温度制御が可能で、フランスやイタリアで、タンク全体を冷やすタイプのものを見たことがありますが、ここでは、タンクの一部を冷やす構造のものが採用されており、コストの低減に役立っているようです。
醸造委託元のワイナリーは、長野県内だけでなく、群馬や関西、さらに山梨と全国多岐に渡っているようです。
コンサルティング会社ということもあり、醸造に関するケミカル的なトークもたいへん興味深く聞かせて頂きました。
その中で特に勉強になったのは、コ・イノキュレーションの話です。一般的に(教科書的には)、アルコール発酵が終わった後で、マロラクティック発酵/MLF(ワインの酸を和らげるために乳酸菌を加えて、リンゴ酸を乳酸に変える発酵)が行われますが、最近の主流は、アルコール発酵とマロラックティック発酵(MLF)を同時並行または、アルコール発酵中に早めにMLF行う「コ・イノキュレーション」が一般的になっているとのこと。この方法には、揮発酸が発生するリスクを伴うといわれていましたが、現実的にはほとんど問題にはならないようです。発酵全体を早く終わらせることにより、微生物的なメリットが大きく、既に主流になっているとのことでした(佐藤明夫さんも、このことに触れていました)
「良いブドウが重要で、醸造(だけ)で素晴らしいワインはできないが、偉大なブドウをいかにして醸造で活かすか?ブドウの出来が悪い年ほど良いワインを造るのは、醸造技術、リカバリーする技術が重要」という話が非常に印象的でした。
カンティーナ・リエゾー
元サンクゼールに勤められていた湯本 康之さんが実家のあるここ高山村に移住し、2007年よりブドウ栽培を始め、サンクゼールへの醸造委託を経て、2015年にクラウドファンディングにより、自社生産を始めたワイナリーです。
ちなみに、ワイナリー名のリエゾ―(Riezo)は奥様のお名前、「理絵(りえ)」から名付けられたようです。
↓ワイナリーの前に広がる自社畑です。平坦に見えますが、南西向きの斜面になります。午後4時近い訪問になったので、西日が強烈にあたっていました。
湯本氏は、ワイナリー設立に先立ち、イタリアへの修行旅行を行ったことから、イタリア系品種への思い入れが強く、当初からのシャルドネ、メルローに加えて、イタリアの固有品種の栽培をこの畑でチャレンジしています。
↓畑で、最初に説明して頂いたのが、このブドウ品種。ピエモンテ州をはじめ、イタリア北部で栽培されているドルチェットです。ネッビオーロやバルベーラ種については、日本で栽培しているワイナリーを知っていましたが、ドルチェットは初めてです。
写真のようにミルランタージュ(結実不良)かと思うような小粒の果実が混ざっています。当地での栽培は結構難しく、糖度や酸がなかなか上がらないうえに、落果も多いようです。
そもそもドルチェットのワインは、ピエモンテでは低価格ワインなので、敢えて、販売を目的にこの品種の栽培にチャレンジするのは非常にチャレンジングだと思いました。
↓こちらもピエモンテ州で有名なバルベーラです。許可を得て果粒に触れさせていただきましたが、ヴェレゾン(色づき)前とはいえ、驚くほど硬かったのが印象的でした。
セラー内部は、非常にコンパクトで、小型のステンレスタンクとバリックが並んでいますが、まず目に入るのが、木製のバスケット・プレス(圧搾)機です。
シンプルな手動式の圧搾機のようで、空気圧式の圧搾機が300万円くらいするのに対して、こちらは30万円ほどで入手されたようです。セラー内部には、小型のステンレスタンクとオーク樽が並んでいます。ADUS社(フランス)やGAMB社(イタリア)等のオーク樽が使用されているようです。帰りの時間が迫っていたので、少し慌ただしい試飲となりましたが、2023年のシャルドネと2021年のメルロー赤を頂きました。
シャルドネについては、酸もしっかりしており、豊かな果実味とバランスがとれているワインでした。メルローは、意外に柔らかく、タンニンも収斂性を感じない滑らかで、非常に近づきやすいワインでした。
時間の関係で、どのようなワインを生産しているかの話は聞けませんでしたが。セラードアで販売されていたのは、試飲したもの以外に、ピノ・ネロの白、ロゼ、スプマンテ(赤も造っているようですが売切れ?)、そして、珍しいネレッロ・マスカレーゼ(シチリアの土着品種です)とネッビオーロのワインが販売されていました。どちらも黒ブドウで、通常は赤ワインが造られますが、なんと、どちらも白ワインです。
HPを見ると、(売切れでしたが、)アリアニコ種のワインも造られているようです。
ちなみに、飲んだ経験のないネッビオーロの白(ビアンコ)を購入しました。
天気に恵まれたものの、この地でも猛暑を感じる非常に暑い日でしたが、今回は、単なるワイナリー訪問・試飲だけではなく、醸造家、栽培家、さらに委託醸造ワイナリーの方々の話を聞くことができ、非常に有意義なワイナリーツアーでした。
今回話を聞くことができた関係者からは、共通して、現状に決して満足せずに、新しい試みにチャレンジしようとしている姿勢が感じられました。
最後に本ツアーを企画していただいた、レコール・デュ・ヴァンの青山敦子講師、長野県ワイン協会公認アンバサダーの花岡純也氏に深く感謝申し上げます。
了