オーストラリアやニュージーランドワインを中心に、今や幅広く使われているスクリューキャップですが、普及の歴史が浅いゆえ、果たして長期熟成には向くのか?という疑問があります。今回、スクリューキャップとコルクの両方が使用され、約四半世紀の熟成を経た同一のワインを飲み比べてみました。
コルク VS スクリューキャップ比較の興味
4月にニュージーランドのクイーンズタウンを訪れる機会があり、現地のツアー会社にお願いして、セントラル・オタゴのワイナリを訪問しました(→こちら) 。
その際に、アテンド頂いたガイドの方が、ニュージーランドで広く普及しているスクリューキャップのメリットを盛んに強調されていました。コルクを採用するメリットは、唯一「高級なイメージを醸し出すだけのものであり、圧倒的にスクリューキャップが優れている」という主張でした。
当然ながら、コルク栓の欠点であるブショネ(コルクに付着した菌により生じる物質からのカビ臭)のリスクを回避できるというメリットは広く認識されているものの、長期熟成において証明されているコルク栓のメリットも認知されており、多くの人は「比較的早飲みのワインはスクリューキャップ、長期熟成を前提としたワインは、コルク」という認識を持っているのではないかと思います。
とはいえ、スクリューキャップのワインを20年以上熟成させるとどのように変化するのかというのは、とても興味がありました。今回、幸いにもコルクとスクリューで長期熟成させたニュージーランドのピノノワールの同一のワインを入手できたので、同時に抜栓して比較してみることにしました。
フェルトンロードについて
ワインは、ニュージーランドのピノ・ノワールワインを世界に知らしめるきっかけを作ったパイオニアともいえる造り手フェルトンロードのPinot Noirです。
フェルトン・ロードは、セントラル・オタゴのバノックバーンに拠を置き、ファーストリリースは1997年になります。フェルトン・ロードのピノ・ノワールは、カルト的な人気があり、入手が難しいブロック3とブロック5という特定の区画のブドウから造られるスペシャル・キュヴェを頂点として、エルムズ・ヴィンヤード、カルヴァート・ヴィンヤード、コーニッシュ・ポイント・ヴィンヤードという3つの単一畑、そして、今回のスタンダードキュベの3つのレンジのワインがリリースされています。
↓クイーンズタウンにあるワインショップ’The Winery’です。ブロック5も普通に買えますが流石に高価です。2018年ヴィンテージが279NZ$、2015年ヴィンテージが329NZ$でした。
現在のスタンダードキュベは、ラベルにセントラル・オタゴのサブリージョン名「Bannockburn」が入っていますが、2000年台初頭までのラベルには、Central Otagoとのみ記されているようですが、おそらく表記上の違いだけかと思います。
スクリューキャップの歴史
スクリューキャップは、1926年にイギリスで初めて導入されましたが、商業的に使用されたのは、1970年代からになります。普及の大きなきっかけとなったのが、2000年にオーストラリアのクレア・ヴァレーの生産者が白ワイン(リースリング)にSTELVIN(現在はスイスに本社を置くAmcor社の製品)のスクリューキャップ使用を宣言したことで、これに呼応して、2001年にニュージーランドで「The New Zealand Screwcap Wine Seal Initiative」が設立され、同国ではスクリューキャップが爆発的に普及しました。
このイニシアティヴにフェルトン・ロードが加わっていたのかは不明ですが、まさにその影響を受けて、試行的な意味もあり、2001年ヴィンテージに従来のコルク栓に加え、スクリューキャップが採用されたと想像されます。
テースティングメモ
今回のワインの入手先は、京都のワイン専門店のワイングロッサリーさんで、インポーターは、日本の正規輸入元であるヴィレジセラーズさんです。セットで購入した為、おそらく保管状況は同じであったと思われます。コルク栓のものも液面は高く、コルク自体も長いものではありませんが、全く劣化が見られません。
まず外観ですが、コルクの方(右)が熟成が進んでいると想像していましたが、意外にも逆で、スクリューキャップの方(左)が、ガーネットの色調をベースに縁を中心にオレンジ色の熟成を示す色合いが混ざり、全体的にも色が淡く見えます。光源位置の関係なのか、下の写真ほど大きな差はなかったと記憶していますが、いずれにせよ外観の色調からは、スクリューキャップの方が熟成が進んでいるように思われます。
対してコルクの方は、四半世紀の熟成を経たピノ・ノワールとしては、驚くほどしっかりとした深みのある色調です。
↓ちなみに、下の写真は、直近(2ヶ月前)に飲んだ、ブルゴーニュ グラン・クリュ(ジャン・ラフェク)の2001年です。産地もヴィンテージの気候も全く違うので、比較すること自体は全く無意味なのですが、まだ歴史の浅い時代のニュージーランドのワインなので、このしっかりとした色合いは、ちょっと驚きでした。
香りですが、まず、スクリューキャップのワインには、まず、還元香と思われるスモーキーな香り(薫香)が感じられます。
還元香の原因物質は、硫化水素と言われますが、発生の原因は、複雑で、ブドウ栽培上の問題(窒素分の欠如)、転嫁するSO₂の影響等も知られていますが、今回は、醸造まで、全く同じワインと思われますので、明らかにクロージャーの違いによる影響と考えられるかと思います。ちなみに、2日かけて飲みましたが、2日目は、初日に感じて、この香りは、すっかり消えています。
共通してラズベリーや熟したレッドチェリーの赤系の果実に、シナモンやリコリスなどのベーキングスパイスの甘やかな香りが感じられます。加えて、ドライフルーツやドライローズの熟成感を伴う香りがよりスクリューキャップの方に感じられます。一方コルクの方はやや香りは抑え気味ながら、よりアーシーさを伴う深みのある複雑な香りがあります。
両方とも時間の経過とともに、妖艶な香りとはいきませんが、下草や腐葉土の香りが加わり複雑さが増します。
味わいは、酸は中程度で、とても柔らかく、熟した果実からの円やかな(やや新世界的な?)甘みが感じられます。タンニンはきめ細かく、液体に溶け込んでいますが、コルクの方が比較的しっかり感じられ、ワインに骨格を与えています。
経年的にはピークを過ぎているので、枯れた姿を想像しましたが、適度な熟成感を伴いながらも、まだしっかりとした果実味を感じる素晴らしいピノノワール古酒でした。
スクリューキャップの方がコルクよりも熟成感が感じられたことは、全く真逆の結果で、想定外でした。ニュージーランドのピノノワール古酒について、経験値が低いので、何とも言えませんが、スクリューキャップのワインの方が、妥当な熟成であり、今回のコルク栓のワインの熟成感については、ちょっと例外的な印象を持ちました。
↓ちなみに、このワインに使用されているスクリューキャップはSTELVIN社のものです。インナーは、 ポリエチレンの発泡シートと薄いビニール(ポリ塩化ビニリデンPVDCというサランラップと同じ素材のようです)の間に錫と思われる金属シートを挟んだ3層構造になっています。おそらく、スクリューキャップのインナーとしては、ある程度の長期熟成を意識した、より密閉性の高いものだと思います。
熟成の進み具合については、今回はちょっと予想外な結果でしたが、スクリューキャップのピノノワールのワインも少なくとも四半世紀くらいは、綺麗に熟成するということを認識できたのは、貴重な体験でした。もちろんインナーの材質によって熟成に違いは出てくると思いますし、最近のSTELVINは酸素透過をコントロールできる製品もあります。
コルクへのこだわり~Kennedy Point Vineyard
余談になりますが、数ヶ月前、ニュージーランドのワイヘキ島で島唯一のオーガニックワイナリーであるKennedy Point Vineyardを訪れましたが、このわいなりーでは、ニュージーランドでは珍しく、すべてのワインにコルク栓を採用していました。
このワイナリーの醸造責任者によると、スクリューキャップを使用しない理由を、
・リサイクルのし難さ
・インナーに使用されている糊等がワインに悪影響を与える
と説明していました。
前者については、ネックに残る金属やインナーを含むリサイクルの問題と理解しました。ちなみに今回のSTELVINのスクリューキャップのインナーに使用されているPVDCという樹脂は、焼却時に有毒物質を発生させることが知られていますが、最近のSTELVINのインナーは、PVDCフリーになっているようです。
後者については、あまり聞いたことがありませんが、いずれにせよ、化学製品がワインに触れるのを極力避けたいというこの生産者の思いがあるようです。
ちなみに、ワイヘキ島には、デスティニー・ベイの「マグナ・プラミア」というニュージーランドで最も高価なワインが存在しますが、このワインもコルク栓です。
まとめ
(ワインの飲み手にとっての)スクリューキャップの最大のメリットは、ブショネ発生の回避とボトル個体差が無いというので間違いないとは思います。デメリットは、まさに今回のワインでも露呈した還元香が出やすい点ですが、これは、ブショネと違い時間を置けば解決する問題です。今回は家のみだったので時間をかけて飲めば、たいして問題ないのですが、レストランでコース料理と味わう際には、ちょっと困るかもしれません。
適切な熟成に関しては、今回はやや予想外だったので、優劣の判断がつきませんが、飲み頃に合わせて適切な酸素透過をコントロールできるスクリューキャップを使用することでコルク栓と差は殆どなくなるのではと想像しています。もしかしたら、この種のスクリューキャップは、還元香も抑制できるかもしれません。
いずれにせよ、スクリューキャップでも25年くらいは綺麗に熟成することが体験できたのは今回の最大の収穫でした。
了
追記)
本ワインの流通経路とスクリューキャップの方が、熟成が進んでいることに関して、後日、ショップ経由で、インポーターであるヴィレッジセラーズさんからの見解を頂きました。
この2本のワインについては、今回蔵出しされたのではなく、氷見のヴィレッジセラーズさんのセラーで熟成させたとのことでした。さらに、熟成差に関しては、一般的にはコルクの方が熟成が進みやすいと言われていますが、上質なコルクを使用している場合、コルクの方が逆に熟成が進んでいないこともあるとのことで、実際に先日ヴィレッジセラーズ株式会社が実施した試飲会でも、そのような事例が確認されているとのことでした。
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