2023年9月18日にピエモンテ州のバローロ・バレスコを訪れました。いうまでもなく、トスカーナのブルネッロ・ディ・モンタルチーノとともにイタリアの3大銘酒と称されています。ブルゴーニュ・ピノノワール好きの自身にとっては、馴染みやすいワインではありますが、知らないことも多く、今回のワイナリー訪問は、この両産地のワインの気づかなかった奥深さとともに、生産者の魅力を実感する機会になりました。
訪れたワイナリーは、
ルチアーノ・サンドローネ(バローロ村、バローロ)
マルケージ・ディ・バローロ(バローロ村、バローロ)
マウロ・ヴェリオ(ラ・モッラ村、バローロ)
ソクレ(トレ・ステッレ村、バルバレスコ)
の4箇所です。
マルケージ・ディ・バローロ以外は、プライベート・ツアーとなり、じっくりと話を聞くことができ、とても充実した試飲を楽しむことができました。
最初(午前中)に訪れたのが、ルチアーノ・サンドローネ(Luciano Sandrone)です。
ルチアーノ・サンドローネは、パオロ・スカヴィーノやロベルト・ヴォエルツィオ、エリオ・アルターレ、ドメニコ・クレリコととものバローロ・ボーイズと呼ばれるモダン派生産者のひとりとして知られています。彼らは、ブルゴーニュの醸造法等を取り入れ、長期熟成があたりまえであったバローロを早飲みがができるスタイルに替えたり、グリーンハーベストの導入、回転式発酵槽(ロータリー・ファーメンター)やバリック(225Lの小樽)の使用等、様々な改革を試みました。そのすべてが、今のバローロに適用されているわけではありませんが、伝統派の造りも一部その手法を取り入れるなど、現代バローロに大きな影響を与えたことは間違いありません。
このワイナリーを立ち上げた当主のルチアーノさんは、惜しくも今年1月に76歳で亡くなられましたが、現在は、20歳離れた弟のルカさんと娘のバーバラさんがワイナリーを継いでいます。
当日は、バーバラさんが出迎えてくれました(ワイナリーの運営・マーケッティングを担当しているようで、醸造はルカさんが担当しています)ちなみにバーバラさんには2人のお子さんがおり、現在エノロゴで学んでいるとのこと。ワイナリーの将来は、明るいようです。まずコーヒーとヘーゼルナッツで歓迎していただきました。トスカーナは、オリーブの産地でもありますが、こちら、ピエモンテは、ヘーゼルナッツで有名なようです。↓この地区のブドウ畑のなかに点在しているヘーゼルナッツの樹です。まず、ルチアーノ・サンドローネの歴史を説明してくれました。
ルチアーノさんは、かつては、ジャコモ・ボルゴーニョとマルケージ・ディ・バローロ(後述)で働いていましたが、1977年にカンヌビの畑を入手して、1978年から自らワインの製造を始めました。そのワインが、マルク デ グラツィア氏(バローロ・ボーイズを世界中に知らしめた立役者)に認められ、アメリカへ輸出したことで、名声を一気に高めたようです。1998年までは、両親の畑を使用していましたが、その後、独立しています。当初、伝統派のジャコモ・ボルゴーニョとモダン派のマルケージ・ディ・バローロ(実際には伝統派寄りにも見えました)の両方を知ることで、トノー(500L樽)を使用したその中間を目指していたようです。前述のように80年代にブルゴーニュに渡り、バローロ・ボーイズとして、様々なモダン派の造りを学ぶわけですが、興味深かったのが、ブルゴーニュで学んで、重要と思い直ぐに実行したのが、「ワイナリーを清潔に保つ」ということだったとのこと。確かに掃除が行き届いたセラーで、醸造設備は、清潔に保たれている印象でした。
このワイナリーは、30haの畑を所有し、そのうち27haは、バローロに、残りの3haはロエロにあり、年生産量は、12万本とのこと。ドルチェット、バルベーラ、バローロの3種のワインを生産しています。この1週間は、ドルチェットの収穫を行っていたようで、アルコール発酵の匂いが漂っていました。ドルチェットは、上の機械で100%除梗し、実・ジュースと皮・種の状態で1週間発酵させ、その後皮とジュースを分けて、別のステンレスタンクに移して、更に1週間発酵(温度は26℃に保つ)させたのちに、マロラクティック発酵(MFL)を行い、ステンレスタンンで熟成させます。圧搾は、まずソフトプレスを行い、そこで得られたジュースのみがここのワインに使われ、2回目に荒くプレスしたものは、使わずに売ってしまうようです。ドルチェットの生産量は3万本とのこと。
実は、この後のセラーの写真撮影はNGでした。5月にセラーに来られた方が、企業秘密にかかわるような写真を開示したことが理由のようです。替わりに公開可能な写真を後日送るとのことでした。
以下は、サンドローネさんから後日提供された醸造風景の写真です。このワイナリーに限らず、最近のワイナリーでは機械を使わずに重力に従って上から下へ果実やワインを移動させるグラヴィティ・フローという方法が採用されています(これは、トスカーナのワイナリーも同様でした)。最後は、地下にある熟成樽に流し込まれます。
バローロについては、1年をオーストリア産木樽、1年をフランス製トノー、さらにフランス製の卵型の木樽で1年熟成させたあとに、3年間瓶内熟成、計6年熟成させているとのこと(バローロの最低熟成期間は、38ヶ月、レゼルバで62ヶ月です)
11月に熟成樽に移される際にワインの種類によって新樽率が決められますが、バローロについては、25%新樽、75%が使用樽とのこと。
2種類のバローロ以外に特別なバローロ「ヴィテ・タリン(Vite Talin)」をリリースしています。ヴィテは、単独のブドウ樹の敬称で、タリンは、畑の所有者の名前のようです。ある時、普通のネッビオーロよりも房も実も小さいブドウが見つかったため、検査したところ、ネッビオーロ種であるが、奇形(病気)による変異が原因ということが判ったものの、どんなワインになるんだろうかという好奇心から育て続けたとのこと。
このワインは日本でも購入できますが、5~7万円と結構高価です。あと、存在は知っていましたが、ここのワイナリーは、理想とする年数、自社セラーで寝かせて、飲み頃にリリースする、いわゆるレイトリリースを行っており、「Sibi et Paucis(私とお気に入りの人たちのために)」と名付けています。ラベルの右下にその認証マークが入っています。全体の15%程度とのこと。残念ながらワイナリーでの購入はできませんでしたが、こちらもヴィンテージは限られますが、日本でも購入可能です。
ここからは試飲風景(これは撮影可)です。
1.Dorcetto D'alba 2022
ドルチェットにとって、去年は難しい年だったが良い出来だったとのこと。5つの畑からのブドウのミックス。標高が高い畑で、酸が強いとのこと。ステンレスタンクのみで1年熟成。
フレッシュで、活き活きした酸。
このドルチェットは、日本でも飲んでいますが、正直好みではないと感じたのですが、これは美味しいです。フレッシュですが、酸に負けない果実味も感じられます。雰囲気がそうさせるのか、保管の問題か、わかりませんが...
2.Barbera D'alba 2021
バルベーラは、2年熟成で、主にトノーの新樽で1年熟成+瓶内1年熟成。
このワインに新樽を使用する理由は、バルベーラの高い酸を落とすこととタンニンを付けるためとのこと。
酸は確かに豊かですが、凝縮した果実味も感じられ、タンニンは比較的穏やか、かつ何よりもエレガントです。新樽のオーキーな印象は感じられず、バランスが取れています。
ここから、ネッビオーロです。
3.Valmaggiore Nebbiolo D'alba 2021
ヴァルマッチョーレは、ロエロの急な畑のネッビオーロからのワインです。
バローロの土壌が石灰土が多いのに対し、ロエロは砂地です。その為ワインは、透明感があり、すっきりと軽い酸の性質になります。
バルベーラ同様2年熟成ですが、こちらは、できるだけタンニンを付けないように古樽1年+瓶内1年になります。フローラルな花の香り。
ある、シェフがトマト(心臓の形をしたクードゥブッフというトマト)の香りがするとコメントしたらしいのですが、この地は昔、そのトマトが作られていたとのこと。
4.Barolo Le Vigne 2019
レ・ヴィーニェは、次の5つのクリュのブドウをブレンドしているとのこと
Merli(ノヴェッロ村)、Vignane(バローロ村)、Baudana(セッラルンガ・ダルバ村)、Villero(カスティリオーネ・ファレット村)、Le Coste di Monforte(モンフォルテ・ダルバ村)。過去のインポータ情報を確認するとちょっと異なっていますが、このヴィンテージのブレンドはそのようです。標高の高い畑のブドウとバローロの凝縮したブドウをブレンドしてバランスをとっています。4年熟成で2年が25%新樽のトノー、2年が瓶内熟成。
華やかな花とベリーの香り。若いけど意外に優しいタンニン、ミントの冷涼な香りも。
5.Baroro Aleste 2019
アレステは、ルチアーノさんの孫の名前。以前は、シングルクリュ名のカンヌビ・ボスキスの名称でした。グランクリュにも相当する銘醸畑です。
まっすぐで、力強く、タンニンもしっかり感じられます。
以前2016年のLe VigneとAlesteを購入し、セラーに保管しているので、その飲み頃を聞いてみました。最近アメリカで開ける機会があったらしく、アレステはすでにキノコやタバコの熟成香も現れていたとのことで、(意外にも)アレステの方を先に開けて方が良いとの回答。但し、2016ヴィンテージは、ポテンシャルが高く、あと5~6年後(がベスト)とのこと。
最後に、日本の漫画、「神の雫」でここのワインが取り上げられているという話題になりました。フランスで人気なことは知っていましたが、イタリアでも人気がるようです。
2時間を超える見学・試飲を終え、最後に、親切に説明して頂いたルチアさんとバーバラ・サンドローネさんと記念撮影。
今回、バローロ・ボーイズのひとつはぜひ訪問したいと考えていましたが、それが実現したこともあり、たいへん有意義で貴重な経験になりました。
こちらは、歴史のある大御所的なワイナリーですが、ちょっと観光地化しています笑。
↓内部もこんな感じです。
当日は、何組かお客さんが訪れており、ワイナリーの見学もグループツアーです。
セラー見学にあわせて、このセラーにまつわるバローロの歴史の話がありました。
19世紀初めまでのバローロは甘口の発泡ワインでした。それをフランスから招聘された醸造家のルイ・ウダールが長期熟成向きの辛口ワインに変えたという歴史は、エクセレンス試験の勉強の中で学んでいましたが、ここでは、このワイナリーのオリジンに関わり、その背景にいたフランス貴族の生まれの女性、マルケッサ・ジュリア・ファレッティ ディ バローロの話が興味を惹きました。
彼女は、裕福なイタリア貴族(後のトリノ市長)と結婚し、トリノで慈善活動に取り組みながら休日にはバローロを訪れており、ここにワインセラーを建設します。当時はネッビオーロから甘口微発泡ワインが生産されていましたが、(当時はヨーロッパでは辛口ワインが流行しており、この地が辛口ワインに適した気候であることに着目し)、バローロワインの改良に取り組み、最終的にはルイ・ウダールの指導による長期熟成向きの辛口赤ワインへの転換が成功しました。ルイ・ウダールをフランスから招聘したのはイタリア王国初代首相(カミッロ・カヴィールという人物)と知られていますが、実現にはこのマルケッサ・ジュリアの努力があったようです。
ちなみに、この地のワインが甘口だったのは、晩熟のネッビオーロを完全に発酵させるには、この地のワインは寒すぎて発酵が思うように進まず、結果的に糖度が残るワインとなってしまった為で、彼女は新しいセラーを建設して温度のコントロールすることで完全な発酵を実現したと思われます。
また、彼女は、当時のピエモンテ・サルデーニャ国王のカルロ・アルベルトに断食時以外毎日ワインを届けていたという逸話も紹介されていました。
今のオーナであるアボーナ家がこのワイナリーを購入したのは1929年とのこと。
泡や白ワインも造っていますが、当然ながらバローロが中心です。大樽と古樽(バリックも含む)をミックスして使っているようです。
↓トノーで熟成中の2021年のバローロ・カンヌビここの見どころは、何といってもこの超大樽です。
200年くらい使っており、樽の中に人が入って、こびりついた酒石酸を削って掃除をしているようです。
最大の樽が、70年もので、1万8500リットル!とのことでした。
↓現役です。2021年のバローロを熟成中。バリック(225L樽)もあります。↓1938年からの瓶熟ワインが保管されています。古いものは毎年開けて継ぎ足しているとのこと。↓収穫を終えたトラックが、駐車場を塞いでいました。ドルチェットかバルベーラだと思います。
↓試飲は、2015年のバローロ・レゼルヴァ(右)、2017年のクリュバローロ(Coste di Rose)と2018年のクリュバローロ(Sarmassa)です。2つのシングルクリュは、いずれもバローロ村です。
土壌は、凝灰岩・石灰岩・粘土(写真のサンプル)。シングルクリュの2本は、大樽1/3、小樽1/2でそれぞれ2年熟成させ、その後ミックスして更に1年樽熟成させるとのこと。いずれも樹齢は45年で畑は近く、違いは土壌。硬い土壌は、根にとって過酷でブドウの実が小さく凝縮したワインができるとのこと。
レゼルヴァは3つの畑をブレンドし、大樽のみ(バリックは未使用)の熟成で、今年2023年をリリースしたとのこと。
テースティング時のメモを紛失してしまったことと、食事を兼ねながらだったので、正直テースティングにあまり集中できず、記憶にあまり残っていません。
逆に言えば、バローロに期待する特徴を標準的に備えたワインだと思います。
↓右側の皿ですが、バローロで煮込んだリゾットです。昼食は、この3皿です。
こちらのワインは、一軒目のルチアーノ・サンドローネと同じジェロボアムさんが輸入しており、日本でも比較的容易に入手できるようです。
また、ルチアーノ・サンドローネ同様、11月にプロモーションの為に来日するようで、可能であれば、試飲会に参加してみたいと思っています。